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東京高等裁判所 昭和47年(う)2704号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

原審および当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人木村喜助、同長谷川柳太郎連名提出の控訴趣意書、弁護人長谷川柳太郎提出の補充控訴趣意書、弁護人伊達秋雄、同小谷野三郎、同鳥越溥連名提出の控訴趣意補充書に各記載されたとおりであるからここにこれらを引用する。

一、木村・長谷川弁護人連名の控訴趣意第一、について。

所論は要するに、原判決が証拠の標目欄において挙示する滝金作の昭和四五年一二月六日付および小林欽吾の同年四月二七日付各検察官に対する供述調書は原審公判廷において朗読も要旨の告知もなされておらず、かつ、刑訴法三一〇条に違反して原審裁判所に提出されておらず、従って記録に編綴されていないのであるから、原判決は存在しない証拠によって事実を認定したもので、理由不備の違法がある、というのである。

よって検討してみると、本件は昭和四六年五月二七日起訴されたものであるが、原審においてさきに起訴されていた被告人町田甲子二ほか一名に対する恐喝等被告事件に併合して審理され、その第四回公判期日(同年七月一二日)において、本件が右事件から分離され、その後併合されることなく判決されたものであるところ、所論の滝金作および小林欽吾の各検察官に対する供述調書は、原審第八回公判期日において、供述者らがいずれも死亡したため、公判期日において供述できないものとして検察官から証拠申請がなされ、第九回公判期日において、弁護人から右各供述調書の証拠能力については異議はない旨の意見の陳述があり、原審はこれらを証拠として採用し、取調を了したこと≪証拠省略≫により明らかである。したがって、右各供述調書は刑訴法三〇五条一項又は刑訴規則二〇三条の二により違法に証拠調がなされたものと認むべく、朗読又は要旨の告知がなされていない旨の所論は採るを得ない。

ところで、本件記録中に右各供述調書の原本又は謄本が編綴されていないことは所論のとおりであるが、右各供述調書は本件が前記町田らに対する恐喝等被告事件と併合審理されていた原審第四回公判期日において、共同被告人町田甲子二との関係で同意書面として取り調べられ、その原本が裁判所に提出されたが、その後本件が右町田らに対する被告事件から分離された関係上、右町田らに対する事件記録中に編綴されたままになっており、したがって、本件の原審第九回公判期日において、右各供述調書が取り調べられた後においても、あらためて検察官からこれら供述調書の謄本等が提出されることはなく、単に右各供述調書が町田らに対する被告事件記録の第四冊目に編綴されていることを公判調書の符箋において明らかにしていること記録上明らかに認められる。なお右町田らに対する被告事件の記録は、町田甲子二の控訴に伴ない、当裁判所に送付され、裁判所はもとより訴訟関係人においていつでも閲覧しうる状態になっていることは当裁判所に顕著である。

思うに、刑訴法三一〇条は、証拠調の終了した証拠書類等について、その散逸を防ぎ、上訴審又は公判手続更新後の裁判官の心証形成等に役立たせる資料として保存するための技術的規定と解されるところ、右のように各供述調書の原本又は謄本が本件記録中に編綴されていなくとも、前記の如く記録中に分離前の原審相被告人の事件記録に編綴されていることが明確にされており、かつその供述調書が自由に閲覧しうる状態にある以上、刑訴法三一〇条およびその趣旨に反するものではなく、ましてや存在しない証拠により事実を認定した違法があるということはできない。原審の措置には所論の違法はなく、論旨は理由がない。

二、木村・長谷川両弁護人連名の控訴趣意第二、および伊達・小谷野・鳥越弁護人連名の控訴趣意(補充)(いずれも事実誤認の主張)について。

各所論は要するに、原判決はその挙示する証拠により被告人が町田甲子二と共謀のうえ、昭和四四年五月一二日および一三日の両日に亘り、野中康男ほか三名を脅迫し、両人らを畏怖させたうえ、同月一五日現金一、三〇〇万円の交付を受けてこれを喝取したことを認定した。しかし、原判決挙示の証拠によっても原判決どおりの事実とくに脅迫の相手方、脅迫の態様は認定しえられない点で原判決には重大な事実誤認があるのみならず、被告人は野中康男らに対し、債務者たる野中金作および野中春作の行先等について多少語気鋭く詰問したことはあったとしても、右康男らから金員を喝取することを目的とする脅迫行為をなんらしていないのであり、本件において右野中康男らが原判示各金員を支払ったのは、同人らが多額の債務の支払に苦慮していた野中金作らの窮状を救うべくその不動産に架空の抵当権を設定したことを詐害行為として小沼和夫らに追及されたため、抵当権を抹消しないことの代償として任意に支払ったに過ぎないから、本件は無罪であるのに、原判決が信憑性のない右野中康男らの供述により被告人の罪責を認めたのは判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認である、というのである。

よって検討してみると、≪証拠省略≫を綜合すると次の事実が認められる。すなわち、(一)被告人は静岡市において金融業を営み、大興織布有限会社に貸金債権を有していたが、同会社が昭和四四年四月末ころ不渡手形を出して倒産するに至ったことから、同じく債権者であった町田甲子二、小沼和夫、大日方省二ら数名と共に、かねて同会社の債務を保証するなどして資金面に関係していた野中金作を、清水市の金融業風岡和巳方に呼び出し、右会社の同人らに対する債務の返済を迫り、結局野中金作およびその長男春作の両名に、同年五月一五日限り同会社の債務のうち二、〇〇〇万円を支払う旨の念書を書かせると共に、同額の約束手形を振り出させた。(二)野中金作は同月三日ころからノイローゼ気味となって入院してしまい、急を聞いて水戸市からかけつけた野中春作の弟野中康男が右金作方に五月一〇日ころから滞在していた。被告人は同月一一日ころ、右金作方に電話をして前記金作らの支払うべき金員の用意を催促したが、その際、一二日ころから金作方に泊りこんででも支払を催促すること、金作および春作以外の親戚筋の者に対しても請求に行くことを知らせ、さらにその翌日再び金作方に電話したところ、野中康男から本件の解決を静岡市の鈴木信雄弁護士に依頼した旨聞き、同日午前一〇時ころ、掛布団二、三枚を入れた大風呂敷一個を持参し、町田甲子二、大日方省二、山梨文義らと共に金作方に赴いたこと、(三)金作方には、右康男のほか野中春作の義兄にあたる滝金作、野中金作の義弟にあたる滝美郎、野中要作らがおり、野中春作は康男のすすめで近所に身を隠していたのであるが、被告人は、金作方に入るなり、右布団包を仏壇の前にほうり出し、「この野郎どもいたか。殺してやる。」「俺は泊りがけで来た。」「村中ひっくり返してやる。」「弁護士に頼みやがって、この野郎ども。」「俺は命がけで来たのだ。親戚でない奴は帰れ。」などと大声で怒鳴りちらし、町田甲子二も、「貴様らどんどん払え、払わないと承知しないぞ。」「いまの百姓どもはずるい。約束を守らぬ。村中ひっくり返してやる。」「俺は刑務所帰りだ。横浜から出て来たばかりだ。人を一人や二人やるのはなんでもない。うちの若い者は傷害など喜んでやる。」などと怒鳴り、暗に居合わせた親戚筋の者に対しても野中金作らに代って二、〇〇〇万円を支払うよう要求した。(四)その後、滝金作の依頼により清水警察署の宮田刑事二課長ほか二名の警察官が右野中金作方を訪れたが、山梨のかけていたサングラスを注意し、戸外において町田甲子二らに対しあまりことを荒だてないよう注意したのみで帰ってしまった。(五)警察官が帰るや、町田は、「警察も貸借関係だから引揚げてしまったではないか。金を返さぬうちは泊りがけで来ているのだから帰らぬ。」などといい、滝金作に対し、警察官を呼んだことを難詰し、被告人も威丈高に前同様の脅迫を続けたため、滝美郎は途中からその場を逃げ出し、滝金作は午後三時ころ、心臓発作を起し、帰宅するに至った。(六)野中金作の甥にあたる青木浩は、当初右金作方には居合せなかったが、自宅において近所に電話する等して事の成行きを概ね察知していたが、同日午後八時ころ、呼び出されて右金作方に赴いたところ、すでに同家に来ていた小沼和夫から、野中金作所有の田畑に親戚の者が抵当権を設定したことが詐害行為であるとして難詰され、被告人および町田の両名から大声で脅迫され、青木が設定した抵当権の被担保債権額と称した二〇〇万円を被告人らに支払うよう要求されたため、畏怖した同人はこれを承諾した。(七)被告人および町田の両名は、このように大声で長時間に亘り怒鳴りちらす等したため、野中康男をはじめ親戚筋の者はいずれも恐怖感から沈黙するばかりで、被告人らの振舞いを咎める者はなかった。被告人らは右金作方の米を炊いて食事をとり、同夜は同人方に泊りこんだ。(八)翌一三日、野中康男は、被告人らの要求する金員を親戚の者が分担してでも支払わなければ、被告人らは帰らないと思い、野中久一方に親戚衆を集め、滝美郎、青木浩らにこのままでは、被告人らが親戚を一軒づつ泊り歩くかも知れないと告げて相談するうち、被告人および町田の両名が右久一方に来て、野中康男、滝美郎、青木浩らに対し、「野郎どもいたな。お前らで金を出せ。」「金を出さぬとお前達も下の家(野中金作の家のこと)のようになるぞ。」などと怒鳴り、町田において、頬や腹部の傷跡を示しながら、「俺は刑務所を出て来た。人の一人や二人消すのは何でもない。金作は判こをついたのだから親戚で金を払え。金を出さなければこの村が大騒動になるぞ。」などといい、被告人において、親戚の者達で右金員を支払う旨の念書を書くことを要求し、すでに前日来の被告人らの言動により畏怖していた右野中康男をして、小沼和夫の示した文案に従い、五月一五日までに金二、〇〇〇万円を連帯保証人として支払う旨の書面を作成させ、同人および滝美郎、青木浩らに署名指印させ、金員の授受は前記鈴木弁護士事務所で行なうことを承諾させて、同所を引き揚げた。(九)その後滝美郎がその場に居合わせなかった滝金作方を訪れ、同人に状況を説明して三〇〇万円を負担するよう求めたところ、同人も前日来の状況によりすでに畏怖していたので、やむなく右金員を支払うことを承諾した。(十)そして、同月一五日、被告人、町田、小沼らは、前記鈴木弁護士事務所において、野中康男らから、同人らの負担した合計一、三〇〇万円(うち六〇〇万円は康男が負担し、三〇〇万円を滝金作が負担し、残りの四〇〇万円を滝美郎および青木浩が二分の一宛負担した)を受けとった。以上の事実が認められる。

右事実によれば、被告人は昭和四四年五月一二日から一三日にかけて、町田甲子二と共同して野中康男、滝金作、滝美郎、青木浩らの身体にいかなる危害を加えるかも知れない旨執拗に脅迫し、野中金作らの支払うべき二、〇〇〇万円を野中康男らにおいて代って支払うよう要求し、同人らを畏怖させ、よって同月一五日一、三〇〇万円を交付させてこれを喝取したことは優に認定しえられるのであり、原判決の認定したところも、所論の被告人らの脅迫の態様を含めて右に認定したところとほぼ同様であると認められる。もっとも、原判決書の記載によると、同年五月一二日午前一一時ころ青木浩が野中金作方に居たかの如く記載されているが、同人が右金作方に赴いたのは同日午後八時ころであること前記(六)に記載するとおりであるから、この点に関する原判決の事実認定は若干不正確を免れない。しかし、原判決は、青木に対する脅迫行為を、五月一二日午前一〇時ころのそれのみに限定して認定したものではないこと原判決の記載から明らかであり、同人は同日の午前中から事の成行きを見守り、被告人らの言動の概略を他から聞知してほぼ察知していたのみならず、同人は同日夜、右金作方および翌一三日午前、野中久一方において、被告人らから前記の如き脅迫を直接受けており、しかもその態様は概ね原判示のとおりと認められるから、原判決の右誤認は判決に影響を及ぼさない。なお、所論は、原判決挙示の各被害者および野中久一、杉山猛らの供述の信憑性を争う理由として、(イ)被告人らが昭和四四年四月三〇日から同年五月二日ころにかけて野中金作、同春作を脅迫して額面合計五、三八〇万円の約束手形を喝取したとの事実につき、静岡地方検察庁において不起訴処分がなされていること、(ロ)前記五月一二日野中金作方に清水警察署の警察官が訪れているのに、居合わせた各被害者らがなんら救いを求めなかったこと、(ハ)本件各被害者らが、野中金作所有の田畑に架空の抵当権を設定し、その財産の隠匿を図っていること、等を指摘する。当裁判所は、右各被害者らの供述が、自己の体験事実を卒直に供述したものとして信用するに足りると判断するものであるが、なお、所論の点について説明を補足すると、まず、右(イ)の点については、なるほど所論の恐喝被疑事件について、昭和四四年九月四日静岡地方検察庁がこれを不起訴処分としたことは記録上認められるが、右不起訴にかかる事件と本件とは、被告人らにおいて得ようとする経済的利益において共通のものがあるとはいえ、行為の場所、相手方、行為の態様において両者は明らかに異なるものであるから、前記事件が不起訴になったからといって、本件各被害者らの供述の信憑性を疑うべき事由があるとはなし難い。次に(ロ)の点については、本件において五月一二日の被告人らの脅迫のさ中に清水警察署の警察官が訪れた経緯は前記(四)記載のとおりであるが、本件各被害者らの供述によれば、右警察官の来訪を知らなかった者もあるほか、知っていた者も被告人らの面前で警察官に積極的に事実を申告して救いを求めなかったのは、被告人らの仕返しを極度におそれていたためであると認められるから、所論の事実から、直ちに被告人らの脅迫行為がなく、したがって、被害者らの供述の信憑性がないということはできない。又右(ハ)の点については、右被害者ら(野中康男を除く)が野中金作所有の田畑に架空の抵当権を設定した動機は、関係証拠によれば、親戚の野中金作が理不尽な債権取立要求により全財産をとられそうになったものと思いこみ、その財産を保全するための方法として、小林欽吾が知り合いの司法書士から教えてもらったことから、実行するに至ったもので、そのことが同人らの被告人らに対する立場を弱いものにし、被告人らに本件恐喝の口実を与えることになったとは認められるがとくに被害者らの供述の信憑性を疑わせる事実とはなりえない。以上を要するに、原判決は証拠の価値判断に誤はなく、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認はない。論旨はいずれも理由がない。

三、長谷川弁護人の補充控訴趣意第一点について。

所論は要するに、原審裁判所は、弁護人が昭和四七年五月一〇日付で申請した証人小沼和夫ほか四名の証人申請に対し、うち二名を採用したのみで、他の証人申請を却下し、また弁護人が同年九月二日付をもってした弁論再開申請および証人鈴木信雄ほか六名の証人申請に対し、弁論を再開することなく判決を言渡したが、原審の右措置は証拠関係につき審理を尽さなかった違法があり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

よって、検討してみるのに、記録によると、原審は弁護人が昭和四七年五月一〇日付で申請した証人五名のうち証人杉山久太郎、同杉山靖男、同杉山明保の三名を採用し、第一六回公判期日において取り調べたこと、その余の申請にかかる証人小沼和夫、同町田甲子二の両名については、第一五回公判期日において申請を却下したこと、および同年九月二日付の弁論再開申請についてはこれを容れることなく判決を言渡したことがいずれも明らかである。しかし、右のうち証人小沼和夫については原審第一〇回公判期日において、証人町田甲子二については原審第九回公判期日において、それぞれ詳細な証人尋問を経ているうえ、弁護人が右証人らの再尋問を求めた事項は、いずれも本件公訴事実とは直接関係のない昭和四四年四月三〇日夜の風岡和巳方における町田甲子二の杉山久太郎に対する暴行の有無に関するものであり、又弁護人が右弁論再開申請と共に申請しようとした証人についてみても、これらにより立証しようとする事項はいずれも右と同旨であるか、又は、すでに原審において充分審理が尽された事項であって、結局のところ、これらの証人によって本件各被害者らの供述の信憑性を争い、もしくは弾劾しようとするものであるに過ぎないが、各被害者らの供述の信憑性が充分であることはさきに述べたとおりであり、これらによって本件事案の真相が明確となっているのであるから、原審が弁護人の申請にかかる前記各証人を取り調べなかったことに審理不尽の違法は認められない。論旨は理由がない。

四、長谷川弁護人の補充控訴趣意第二点について。

所論は原判決の量刑不当を主張するので所論にもとづき検討するのに、記録および当審における事実取調の結果にあらわれた本件犯行の罪責、動機、態様とくに、被告人および前記町田らが債権取立に名を藉りて野中金作方に泊りこみ、執拗に親戚衆を脅迫した態様は悪質であって、その傍若無人な言動と共に強い非難に値すること、また被告人には刑法犯により懲役刑および罰金刑に処せられた前科前歴が多数あること、原判決当時被害弁償がなされていなかったこと等原審当時の事情にかんがみると原判決の量刑は必ずしも重いものとはいえないのであるが、被告人は当審において本件恐喝により自己の取得した金員を弁済し、被害者らとの間に示談を成立させ、反省の実を示していること、被害者らにおいても被告人の誠意を認めていること等当審における事実取調の結果にあらわれた事情をも加えて検討すると、原判決の量刑を軽減するのが相当であると認められる。

五、結論

よって、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により次のとおり判決する。

原判決の認定した事実に原判決の挙示する各法条を適用して得た処断刑の範囲内で前記の情状を考慮し、被告人を懲役八月に処し、原審および当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとして主文のとおり判決する。

(裁判長判事 田原義衛 判事 吉澤潤三 小泉祐康)

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